2016年04月09日

フランチェスコ・パオロ・トスティ

【サー・フランチェスコ・パオロ・トスティ】Sir Francesco Paolo Tosti
1846年4月9日 - 1916年12月2日

イタリアの作曲家、声楽教師。歌曲の作曲家として知られる。

現アブルッツォ州キエーティ県オルトーナに生まれました。
幼くしてヴァイオリンの神童として知られ、1858年、12歳にしてナポリ音楽院に入学、ヴァイオリンと作曲の研鑽を続ける。在学当時には、教官助手も務めていた。

1866年、ヴァイオリンでディプロマ取得し、その時期から歌曲を作曲しはじめていました。

20代前半で故郷オルトーナに戻り、オルガン演奏・指揮者の職に就いた(教官助手の激務などから健康を害し、静養に入っていたという説もあります)。

そこで書き溜めた小歌曲集が認められ、1875年頃からはローマをはじめとするイタリアで盛んにサロン用歌曲を発表。

やがてトスティはイタリア王室の声楽教師。
1880年ごろからはロンドンに移住しイギリス王室の声楽教師。
1906年には英国臣民となりました。
1908年には準男爵に叙せられました。
1912年にイタリアに戻る。
狭心症に1915年ごろから苦しめられている中、少なくとも1916年(没年)の秋まで作曲していたが、
その年の初冬に病状が悪化し、12月2日、ローマで他界した。

英語は一言も解さなかったとの説もあります。
母語のイタリア語に限らず、英語やフランス語を原詩とする多くの歌曲の小品を作曲、
その多くが今日でも愛されています。

イタリア語に関しては、17歳年下の詩人ガブリエーレ・ダンヌンツィオとのコラボレーションは少なくとも33曲におよび、中でも歌曲集「アマランタの4つの歌」が特に有名です。

【歌曲】
☆アマランタの4つの歌
☆暁は光と闇とを分かつ L'alba sepàra dalla luce l'ombra (詞:ダンヌンツィオ)
☆セレナータ La Serenata (詞:チェザーレ)
☆夢 Sogno(詞:ステッケッティ)
☆秘め事(秘密) Segreto (詞:ステッケッティ)
☆さらば Addio!(詞:パリアーラ)
☆もはや君を慕わず(君なんかもう) Non t'amo più (詞:エッリコ)
☆祈り Preghiera (詞:パリアーラ)
☆最後の歌 L'ultima canzone (詞:チンミーノ)

(引用:Wikipedia )


ラベル:ハ行
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posted by Yuko's Music ライフ at 01:26| 愛知 ☁| Comment(0) | 音楽家ハ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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